散れば咲きして百日紅

北斎の花鳥画「菊に虻」の上に、もうずいぶんと汚れてしまった、杉浦日向子の『百日紅』を置いてみる。
ーーーーーーーーーーーーー

私は夏生まれですが、もはや憎んでいると言って良い程に、この季節が嫌いです。汗をかいて洗濯物が増える、フェスで皆が浮かれる、暑さで貧血になる、日差しで頭痛になる、嗚呼、すべてが気に食わない! 8月に入り、私の脳と心は、そろそろ沸騰してしまいそうです。
そんなわけで、いつも眉をしかめて、アスファルトの照り返しのなかを歩いているわけですが、そんな私を、ふと笑顔にさせるものがあります。――それは、サングラス越しにも飛び込んでくる鮮やかなピンク、薄い紫、白、赤、紅――色とりどりの、百日紅(さるすべり)の花。

葛飾北斎を主人公に、江戸という時間を描いた傑作漫画『百日紅』のタイトルについて、著者の杉浦日向子は以下のように解説しています。

「『散れば咲き 散れば咲きして 百日紅』とは、江戸の女流歌人、加賀千代女の句です。家から駅へ行く道に、百日紅の木がたくさんあり、梅雨明けを合図に、わっと咲きはじめます。(中略)――果実がたわわに成る、とは言いますが、この木は花がたわわに咲き、花の重みで、枝が弓なりになってしまいます。わさわさと散り、もりもりと咲く、というお祭りが、秋までの百日間続きます。長い長いお祭りです。百日紅のしたたかさに、江戸の浮世絵師がだぶり、表題はこんなふうに決まりました(『百日紅』(ちくま文庫版・夢枕獏「解説」より引用))」

したたか、とは思いませんが、私のような日陰者は、百日紅の持つみなぎる生命力、そのくどいまでの美しさに魅かれてしまいます。陰陽のバランスをとろうとしているのでしょうかね。ですから、江戸の時代に90まで生きて万物を描き、その一生で93回も引っ越しをするようなエネルギー溢れる奇才・葛飾北斎と「散れば咲き 散れば咲きして」咲く百日紅をだぶらせた著者の感覚に、大きく頷くのです。私は北斎も大好きですから(私が北斎の作品のなかでもっとも好きなのは、「蛸と海女」という春画。まさしく、ほとばしる熱いパトス!)。

『百物語』(新潮社)という作品をきっかけに杉浦日向子さんを好きになって、その他の作品も読みあさり、ずいぶんと影響を受けました。以前、江戸の小話に関する書籍を担当した際、「ぜひにも杉浦日向子さんに解説を」とお電話を差し上げたことがありましたが、その時にはすでにご体調をずいぶんと悪くされていて、残念なことに、私の願いは叶いませんでした。

杉浦日向子さんが亡くなり、もう10年近くが経ちます。命日は7月22日。
百日紅が、もっとも美しく咲き誇る季節、でしたね。